東京地方裁判所 平成5年(ワ)12356号 判決 1994年6月21日
原告
井川茂
右訴訟代理人弁護士
岩出誠
同
外山勝浩
被告
株式会社アイ、ケイ、ビー
右代表者代表取締役
井川小太郎
右訴訟代理人弁護士
近藤博徳
同
森山満
主文
一 被告は、原告に対し、金九三万八六〇〇円及びこれに対する平成四年一二月一五日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決の主文第一項は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、玩具の製造及び販売等を目的とする会社である被告との間で、昭和五八年二月二一日、雇用契約を締結した。
2 原告は、平成四年一一月三〇日、被告を退職した。
3 被告の退職金規定には次のとおり定められている。
(一) 退職金計算の基礎額は退職時の基本給とする。
(二) 退職金は、基本給に別表支給月数を乗じて得た額とする。
(三) 勤続年数の計算は雇入れの日から退職の日までとする。
(四) 勤続年数の計算に一年未満の端数があるときは、すべて日割計算とする。
(五) 退職金の最終計算において、百円未満の端数があるときは、百円に切り上げる。
(六) 退職金は、特別の事情がある場合を除き、退職手続完了の日から二週間以内に通貨をもって一括本人に支給する。
4(一) 原告の被告退職時の基本給は、一三万五〇〇〇円である。
(二) 原告の被告における勤続年数は、九年二八四日である。
(三) 原告の退職金支給月数は、次のとおり六・九五二三か月である。
(1) 勤続年数九年の支給月数 五・九七五五
(2) 勤続年数一〇年の支給月数 七・二三〇九
(3) 端数分(二八四日)の支給月数 〇・九七六八
(七・二三〇九-五・九七五五)×二八四÷三六五=〇・九七六八
(4) 退職金支給月数合計 六・九五二三
(四) 原告に支払われるべき退職金は、九三万八六〇〇円である。
一三万五〇〇〇×六・九五二三=九三万八五六〇(百円未満切上げ)
よって、原告は、被告に対し、退職金請求権に基づき、右退職金九三万八六〇〇円及びこれに対する退職手続完了の日から二週間を経過した日の翌日である平成四年一二月一五日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1項の事実は認める。
2 同2項の事実のうち、原告が被告に対し平成四年一一月三〇日の直前に退職願を提出したことは認めるが、右同日に原告が被告を退職したことは否認する。
3 同3及び4項の事実は認める。
三 抗弁(懲戒解雇相当事由の存在)
1 原告は、平成四年一二月ころ、被告の営業部長の職にあり、被告の販売拡大、収益増進を担うべき責任を負う立場にあったにもかかわらず、被告の業務と競合する株式会社モックコーポレーションを設立し、被告からその商品を不当に廉価な価格で買い受け、これを転売して利益を得、もって被告に対し、右モックコーポレーションが得た利益と同額の損害を与えた。
2 原告の右行為は、懲戒解雇事由を定めた被告の就業規則五五条一一号「故意又は重大な過失により会社に損害を与えたとき」に該当するものである。
ところが、原告は、当時、被告の代表取締役であった訴外井川靖三、原告の上司であった訴外伊藤昌幸や被告の実権を握っていた経営陣と共謀のうえ、右不当廉売行為を実行したため、原告の懲戒解雇事由該当行為の発覚が遅れたのである。
3 したがって、本来であれば、当然に懲戒解雇処分を受け、退職金の支払を受けられなかったはずの原告が、たまたまその発覚前に退職したことにより、被告に対して退職金を請求することは、許されないというべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1及び2項の事実は否認する。
2 抗弁3は争う。
仮に、原告が被告の主張する不当廉売行為を平成四年一二月ころ行ったとしても、原告は、被告を同年一一月三〇日付で退職しているのであるから、右事実が原告の懲戒解雇事由となることはあり得ない。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。
理由
一 請求原因1、3及び4項の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、請求原因2項の事実が認められる。
三 そこで、抗弁について判断する。
懲戒解雇にともなう退職金の全部又は一部の不支給は、これを退職金規定等に明記してはじめて労働契約の内容となしうると解すべきところ、本件において、成立に争いのない(証拠略)によれば、被告の退職金規定は、その五条で「懲戒解雇になったものには退職金は支給しない。」、七条で「就業規則に定める懲戒基準に該当する反則が退職の原因となった者に対しては、その者の算定額から五〇パーセント以内を減額することができる。」と定めているが、懲戒解雇に相当する事由がある者には退職金を支給しない旨の規定は存在しないことが認められる。
してみると、仮に被告が主張するような懲戒解雇相当の行為が原告にあったとしても、現に被告が原告を懲戒解雇したとの主張・立証がない(もっとも、前記のとおり、原告が被告を平成四年一一月三〇日に退職したことにより、原告・被告間の雇用契約が終了している以上、その後に被告が原告に対し懲戒解雇の意思表示をしたとしても、その効力はない。)以上、右行為が存在することのみを理由として退職金の支払を拒むことはできないと解するのが相当である。なお、被告の主張する前記行為が、原告の退職の原因であったとする主張・立証はない。
よって、抗弁は失当である。
四 以上によれば、原告の請求は理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 飯塚宏)